散歩と人生と親のこと

せっかく散歩するなら楽しみたいのよ

引きこもり気味の生活が続いていて、運動不足になっているはなび(私)です。

引きこもりあるあるですよね「運動不足」

そこで私は「散歩をしよう」と決心をしました。

決心するというと大事に聞こえますね。

今日の最高気温は27度と天気予報で見ました。

ですが、私の体感温度は30度くらいでした。

当たり前だけど夏は暑い

13時頃。

ちょうど暑い時間帯。

その13時頃に散歩をさせていただきました。

あ、散歩したっていっても15分くらいなんですけどね。

それでも私は頑張った。

体調を意識しながら

散歩って身体に良いじゃないですか。

生活習慣病の予防にもなりますし、運動不足も解消されて、イライラや、負の感情が減退します。

私が散歩をする時は、毎回マインドフルネス的なことをしています。

マインド(心や意識)をフル(めいいっぱい)に、身体のどこかや呼吸に集中させています。

考え事を違う視点から

私が散歩中に考えることは「なんとなくの考え事」や「昔あった嫌なこと」や「日常生活で起こりえることの想像」などです。

散歩中は山が見えるので「景色が綺麗だな」なんてことも考えます。

その他の見た光景についても考えます。

私、少し前までは散歩するのがすごく怖かったんです。

なぜかというと人目が気になっていたから。

今でも若干の恐怖感のようなものはあります。

なにが自分の中で変わってきたかというと、考えることを止めたというか、鈍感になったというか、そんな感じです。

↑上記のようなことを考えていると、毎回考えることがあるんです。

散歩から親のことを考える

人間って親にどこかしら似るところがあるじゃないですか。

私は、小さい頃から母子家庭なんですが、親戚からは「顔も性格も父親に似てる」と言われながら育ってきました。

私自身も、父親にかなり似たと思います。

(父親の記憶はあまりありませんし、親戚から言われ続けた洗脳のようなものがあるのかもしれませんが)

母親のことを反面教師にしてきた部分が大半を占めるので、自分でも父親に似たことは納得できました。

私の性格は簡単に言いますと、「几帳面」「真面目」「神経質」というような性格です(意外と心は寛大ですよ)

学生の頃から母親には似ないと、似ていないと、ずっと思ってきました。

しかし、最近、「どこか母親に似ているところがある」と思ってしまいました。

小学生の頃から母親を反面教師にしてきたにも関わらず。

散歩とは全く関係ない母親のこと

なんともいえない気持ちになりました。

私が母親に似る?やはり、人生何が起こるかわからないなと。

※中々伝わりずらいと思いますが、私の中では大きな出来事でした。

ちなみに、母親に似ているなと思ってしまった部分は「楽観的」というか「難しいことを考えない(考えられない)」というか「鈍感」というようなところです。

散歩から人生について考える

「人生なにが起こるかわからない」

  • 結婚しそうにない人が結婚したり、逆に離婚しそうにない人が離婚したり。
  • 精神病なんて縁がなさそうな人が精神科に通っていたり。
  • いつも明るくしている人が相当なものを抱えていたり。

人の数だけ人生があります。

と、言うようなことを散歩中に考えたりしました。

ですが、散歩の後は心なしか、スッキリした気分になります。

やはり、身体を動かすことは、健康にプラスの効果があるのでしょう。

The following two tabs change content below.
はなび

はなび

幼稚園から人見知り。小学生はずる休み。中学生は不登校。高校生は2度中退。初就職はすぐ退職。 引きこもり、昼夜逆転、精神病。 挫折だらけで傷だらけ。 そんな僕が、前向きに紡ぐ物語。>>プロフィール詳細
スポンサーリンク







シェアする

フォローする

スポンサーリンク