昼夜逆転とは一生悩むものだろうか?人生についてまで思考が派生する

昼夜逆転の始まり

学生時代(不登校期間含む)は昼夜逆転になりがちでした。高校卒業後、無職期間があり、その時も昼夜逆転気味でした。

その後に職業訓練等を受け、気合と根性をフルに発揮しながら昼型人間へと慣らしていきました。就職期間の約2年半は、ストレスで寝つきが悪いこともありましたが、昼型人間の生活サイクルでした。

しかし、退職して昼夜逆転が再発しました。

陽の光よ私に届け

人間は元々朝方に活動する動物なはずですが、勝手に夜型サイクルになっています。

朝に陽の光を浴びないことは原因の一つでしょう。確かに外に出る用事がない特に時が多いので家の中で1日を過ごすことも多いです。

昼間(午後などでも)に1回は窓越しでも陽の光を浴びるようには心掛けてはいます。

外は(人間は)怖いと感じてしまうことは完璧にはまだなくなりません。

なくなるものでもないかもしれない。

引きこもり気味な生活を脱出し、アクティブになることも必要なのだと思います。

昼夜逆転時の思考

過去の自分は、昼夜逆転のままではいけないと思い、必死に昼型サイクルに戻そうと忙しかったし苦しかったです。心が。

徐々に、「夜型でもいい」「寝れなくてもいい」「寝れる時に寝ればいい」と考えられるようになりました。自己否定が落ち込む最大の原因かもしれません。陽の光を浴びていないと落ち込みやすくなると、数年の経験で覚えました。

自己肯定的な考え方からさらに、理屈的なことは考えず、どうにかなるといったような楽観的な視点も持てるようになってきました。自己否定も自己肯定も考える前に思考を違うことにスライドする感覚です。

自己肯定できるっていいよね

仕事をしている時期も絶望しながら、無職になっても絶望しながら、なんてことがあったら、人生辞めたくなってもおかしくありません。

考え方や捉え方でどうにかなる問題ではある、なんてことは考え方が変わった後だから言えます。

もがき苦しんでいる最中は、考え方次第なんて言葉は綺麗ごとのように聞こえ、さらに人生の闇に飲み込まれていくような経験もあります。

人生の終わり

私の根底にあるのが、いつ人生辞めることになってもいいということです。

ただ、自ら人生を辞めたいと思うことは極端に減りました。

物事に関心を持つことが一般的なラインより低いような気がしている私は、楽しいことや趣味を見つけるのが一苦労です。意外と私みたいな方も多いんじゃないかと思っています。仮に興味あることを見つけ出せたとしても、「習慣にする」「継続する」ということが難しいのは皆さんも知っているでしょう。

矛盾

矛盾のように聞こえるかもしれないません。私は、いつ人生辞めてもいいと思ってはいますが、健康に生きていたいとも強く思います。

真面目な性格というのもあるのだろうし、最悪の事態を想定する癖のようなものがあるのでしょう。(最悪の事態を想定できる想像力があるのなら、最高の事態を想像すれば中和が図れるのではないか?と今思いました)

この性格ゆえに自分の内面で相当苦しんだので、健康に生きていたいと強く思います。どうせ生きるなら楽しく生きたいとも思います。なにか熱中できることがあればなとも思います。

思うだけで行動に移しているか?と聞かれれば「?」が浮かびますが、人間ってだいたいの人がそんな感じだと思います。行動に移せる人が成功者や努力家や天才なんて呼ばれるんでしょう。私も諦めてはいません。

昼夜逆転

身体が勝手に自分が生きやすいように夜型にしてくれている部分もあると思います。そんな気がする。そして、陽の光を朝に浴びていないということも大きいでしょう。

過去は昼夜逆転で体調不良になりやすかったが今のところは体調の乱れはそこまで感じられません。自己否定を減らした効果だと思います。過去の自分は常にと言っていいほど自分のことを否定していました。年単位で誰かから否定され続けたらそりゃ、体調崩します。

まとまらない文章になってしましまいました。読んでいただけて感謝です。

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はなび

はなび

幼稚園から人見知り。小学生はずる休み。中学生は不登校。高校生は2度中退。初就職はすぐ退職。 引きこもり、昼夜逆転、精神病。 挫折だらけで傷だらけ。 そんな僕が、前向きに紡ぐ物語。>>プロフィール詳細
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