急性副鼻腔炎が痛い!眉間周辺の痛みで泣き、入院した話


小学生だった頃の話。

  1. 鼻水が出る
  2. 恥ずかしくて鼻をかまない
  3. 眉間の辺りが痛くなる
  4. 痛みを我慢できずみんなのいる前で泣く
  5. 通院
  6. すぐに入院が決定
  7. かつ丼が美味い

上記が本記事の大まかな流れです。

以下でもう少し詳しくお伝えします。

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眉間の辺りが泣くほど痛くて病院へ


小学生の頃の給食中にみんなのいる前で泣き出した人は私です。

隣に座っていたクラスメイトは周りから責められないか不安だったのでしょう。「(私が泣いたのは)俺のせいじゃないよ。」と言っていた記憶があります。

内向的な性格からか鼻をかむのが恥ずかしく、鼻水をすする子でした。

家では鼻をかんでいましたが、平日は学校に居る時間が大半を占めます。病気にはその影響が大きかったのだと感じます。

給食中に泣いた私は人生初の早退をし、そのまま病院へ。

診察で「急性副鼻腔炎(きゅうせいふくびくうえん)」と診断されました。

初めての早退

給食中に泣き出した私。スープだけ飲んだくらいにして、泣き始めました。

先生に事情を聞かれた私は「頭が痛い」としか答えられませんでした。

本当は頭の痛みというよりは眉間の辺りの痛みですし、今に始まったことではないとも言いたかった。頭が割れて死ぬんじゃないかという、謎の被害妄想もあった気がします。

話しながら先生に保健室まで連れて行ってもらいました。

保健室

軽くベッドで横になりうたたね程度はできたと思います。

少しすると担任の先生と、保険の先生との会話で早退が決まり、徒歩で帰りました。

帰宅途中

「人生で初めての早退だなー」なんて思いながら、午後の明るい日差しの中テクテクと家に向かいます。小学生の足で25分程かかります。

少し寝たことにより痛みは落ち着いていました。しかし、帰宅中に重大な問題が発生します。

腹減った

給食をほぼ食べなかったことにより、空腹による具合の悪さが襲ってきました。

小学生の頃は夜の8時に寝るという生活リズムから始まり、一日3食を抜かすことなく食べていた私。空腹で具合が悪くなるのも人生初です。

大人になった今は、1日1食で過ごす日もあります。しかし、あの時は空腹で倒れるかと思いました。

家に帰って母親の作った「おいなりさん」を食べました。

お腹が減りすぎて食欲がない(すぐお腹いっぱいになる)という経験をしたのも初めてでした。

病院へ

おいなりさんを食べた後母親とタクシーで病院に行きました。家に車がないのは学年(90人ほど)でも1人か2人程度だったと思います。

待合室で待っている間に眉間の痛みが再発しました。ストレスとかも関係あるんですかね。

とても長い(と感じた)待ち時間も終わり、診察室に呼ばれ、事情を説明しました。

かくかくしかじか。

泣くほど痛いというのは例が少なかったらしく医師も、「泣く…?」のような反応をしていました。

診断名は「急性副鼻腔炎(きゅうせいふくびくうえん)」当時は無知もあってか、とんでもない病名がついたと思いました

診察では問診以外なにをされたか全く覚えていませんが、すぐに入院が決定しました。

母親は着替えとか必要なものを取りに帰りました。タクシーで。

まさかの入院

歩けないほど痛かったのか医師に見せたことにより安心しきって力が抜けたのか、車いすで病室に向かいました。

初めての車イスで看護師さんに押してもらっている小学生のリアル。

そんなリアルを客観的に考えながら、恥ずかしかったのを覚えています。

入院生活

入院期間は一週間。初めての入院です。入院中は毎日熱を測っていたのと、点滴をしていたくらいでした。

病室は6人部屋で入り口を入ってすぐの左側のベットが私の場所。

あとの5人の方たちは50代くらいの人たちでみなさん糖尿病で入院していた気がします。お腹に注射を打っている場面を見ることがあり、注射が嫌いな私は震えました。

特に覚えていませんが、みなさん優しい人だったという記憶があります。

入院生活は暇

入院中はやはり暇なものでして、なにもすることがありません。スマホなんてまだこの世にない時代です。

母親に持ってきてもらった「ゲームボーイアドバンス」でポケモンのエメラルドをやっていた記憶があります。

初めての入院、慣れないベッド

夜は8時に寝るというしつけのある家庭で育ちましたが、ストレスを感じていたのでしょう。

規則正しい生活のストレスの反動からか、夜中の1時頃に看護師さんが様子を見に来てくれた時、まだポケモンをしていました。

看護師さんからは一言「すごいね」と一言。苦笑い気味に感じました。

「今どきの小学生ってこんなに夜中まで起きているものなのかしら」などと思われたでしょうか。

夜中に起きていて怒られるんじゃないか。注意されるんじゃないか。そんな不安感がありましたが、そんなことはなく安心しました。

ですが、緊張はしました。人見知りの極みだったもで…

夜中に起きているという背徳感を感じた入院生活の夜。

痛みが落ち着き元気になってきた

私が入院したと聞き、親戚の方たちがお見舞いに来てくれました。「心配してきてみたけど、元気そうだな」と言いながらみんな帰っていきます。

私からしても眉間の痛みもかなり落ち着き、元気でした。

痛みが落ち着き、元気になってくると、学校を休めてラッキーとか思っていましたね。本当に学校が大嫌いの子でした。

学校に行かなくていいのは嬉しいんですが、ただ、暇でした。

相棒はポケモン、エメラルド。「レックウザ」のパッケージが印象深いです。

退院

そんなこんなで1週間が経ち、晴れて退院。退院したいようなしたくないような。

病院の地下にあるご飯屋さん

退院は午前中だったので、病院地下にあるご飯屋さんに行きました。かつ丼を食べたのですが、今思っても、それが人生で1番美味かったかつ丼です。

ホントに夢中でほおばっていました。

その後、かつ丼のうまさの余韻に浸りながら、「学校嫌だなー」って思いながら帰宅しました。タクシーではなく、バスで。

退院後の通院で時間があった日

またかつ丼を食べようと地下に行ったのですが、お店は畳まれていました。

あれから20年ほど経ちましたが、まだその味を超えるかつ丼には出逢えていません。記憶の中の補正により、あの味を超えることはないのでしょう。

まとめ

「急性副鼻腔炎」症状は色々あると思いますが、私の場合は、頭痛鼻水でした。

入院する前の、数週間から数か月(よく覚えていない)の間、眉間の辺りが痛くなったり、落ち着いたりとスッキリしない生活を送っていました。

まさか入院になるとは思っていなかったので、子どもながら人生何が起こるかわからないと思っていたことでしょう。

小学生の自分、お疲れさま、ありがとう。

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はなび

はなび

幼稚園から人見知り。小学生はずる休み。中学生は不登校。高校生は2度中退。初就職はすぐ退職。 引きこもり、昼夜逆転、精神病。 挫折だらけで傷だらけ。 そんな僕が、前向きに紡ぐ物語。>>プロフィール詳細
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